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岡山地方裁判所倉敷支部 昭和54年(ワ)200号 判決

原告

松野保

被告

東京製鐵株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一一八八万五九五七円と、これに対する昭和五一年一〇月九日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金三一一一万七一〇〇円と、これに対する昭和五一年一〇月九日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五一年一〇月九日午前一〇時一〇分ころ

(二) 場所 倉敷市水島地内被告東京製鐡株式会社(以下、被告会社という。)岡山工場構内三号平炉原料荷上場一階(以下、本件事故現場という。)

(三) 加害車 大型牽引自動車

(所有者) 被告会社

(運転者) 被告小川耕一(以下、被告小川という。)

(四) 被害者 原告

(五) 事故の態様 原料の鉄クズを積載した被告小川運転の加害車が本件事故現場に停車中、現場作業員である原告が加害車後方で鉄クズを集める作業をしていたところ、加害車が突然後進し、原告をその場に転倒させ、同人の左足下腿部をれき過したもの

(六) 傷害の内容 左下腿骨挫滅創、皮膚欠損、左足関節外顆開放性骨折、左下腿頸筋長短、腓骨筋断裂等

(七) 後遺障害の内容 左足くるぶし関節の用を全く廃し、かつ左足が右足より二センチメートル以上短くなつている。

後遺症等級は、第八級の七(左足関節の用廃)と第一二級の一二(左膝下から足関節部にかけての頑固な神経症状)が認定され、併合して、第七級相当と認定されている(昭和五六年五月八日症状固定)。

2  責任原因

被告らは各自、次の理由により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(一) 被告会社は、

(1) 加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた(自賠法三条の責任)。

(2) 被告小川を使用し、本件事故は、被告小川が被告会社の業務を執行中、後方不確認の過失によつて発生させたものである(民法七一五条の責任)。

(二) 被告小川は、後方の安全を十分確認せずに加害車を後進させた過失によつて本件事故を惹起した(民法七〇九条)。

3  損害

(一) 入院中諸雑費 金三一万七四〇〇円

入院日数五二九日、一日当り金六〇〇円の割合による。

(二) 入院付添費 金七九万五〇〇〇円

原告は入院期間中付添を要する状態にあり、少くとも入院期間の二分の一をこえる日数(二六五日)の間、原告の妻訴外松野節子、原告の長女訴外日柳幸枝、原告の義妹訴外楢崎ミサ子らが付添つた。一日金三〇〇〇円(一人当り)の割合による。

(三) 付添人の交通費 金四万七七〇〇円

右付添つた三名中、一番病院に近い訴外松野節子の場合、バス代片道金九〇円を要したので、二六五日間全部訴外松野節子の要したバス代として計算。

(四) 逸失利益 金一六四五万七〇〇〇円

(内訳)

(1) 事故の翌日である昭和五一年一〇月一〇日から症状固定時である同五六年五月八日までの分

金八九八万一〇〇〇円(金一〇〇〇円未満切捨)

原告は、本件事故前、大永産業株式会社に勤務して、玉掛作業を中心とする職務につき、事故前の年収(昭和五〇年一〇月~同五一年九月)は、金一七四万〇二二一円であつたところ、右期間中就労できなかつたので、その間ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除した金八九八万一〇〇〇円(金一〇〇〇円未満切捨。以下同じ)の得べかりし利益を逸失した。なお、賃金は毎年一割上昇するので、本件事故後の一年間を右事故前の年収の一割増し(金一七万四〇〇〇円加算)、その後の一年間を更に同額増額として計算してある。

(イ) 1,740,000円+174,000円=1,914,000円……昭和51年10月10日から1年間の収入

1,914,000円×0.9523(新ホフマン係数)=1,822,702円……(イ)'

(ロ) 1,914,000円+174,000円=2,088,000円……昭和52年10月10日から1年間の収入

2,088,000円×(1.8614-0.9523)=1,898,201円……(ロ)'

(ハ) 2,088,000円+174,000円=2,262,000円……昭和53年10月10日から1年間の収入

2,262,000円×(2.7310-1.8614)=1,967,035円……(ハ)'

(ニ) 2,262,000円+174,000円=2,436,000円……昭和54年10月10日から1年間の収入

2,436,000円×(3.5643-2.7310)=2,029,919円……(ニ)'

(ホ) 2,436,000円+174,000円=2,610,000円……昭和55年10月10日から1年間の収入

2,610,000円×221/365=1,580,000円……昭和55年10月10日から昭和56年5月8日まで221日間の収入

1,580,000円×(4.3643-3.5643)=1,264,000円……(ホ)'

(イ)'+(ロ)'+(ハ)'+(ニ)'+(ホ)'=8,981,857円⇒8,981,000円(1,000円未満切捨)

(2) 症状固定時から向う五年間の分 金七四七万六〇〇〇円

症状固定となつた昭和五六年五月八日当時の原告の年間収入は、右(1)の(ホ)で計算したとおり金二六一万円であり、原告は昭和五六年五月八日当時六三歳で、六八歳まで五年間稼働できるところ、本件事故による受傷のため前述の後遺障害を残し、少くとも労働能力の八五パーセントを喪失したので、右(1)同様の中間利息を控除した金七四七万六〇〇〇円(金一〇〇〇円未満切捨)の得べかりし利得を逸失することになる。

(五) 慰藉料 金一二〇〇万円

原告は、本件傷害により言語に絶する苦痛を味わい、重大な後遺症状が残存して、生きる喜びを奪われてしまつたので、その慰藉料は金一二〇〇万円を下ることがない。

(六) 弁護士費用 金一五〇万円

4  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、右3の損害合計額金三一一一万七一〇〇円と、これに対する本件事故発生の日である昭和五一年一〇月九日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)ないし(五)の事実は認め、(六)の事実は不知。(七)の後遺症等級の認定については認め、症状固定日は争う。昭和五三年末ころ症状が固定したとみるべきである。

2  同2は認める。

3  同3は不知。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、鉄クズを積載した加害車が事故現場に停車し、積荷の鉄クズを容器ごと備え付けのクレーンで引き上げてもらうべく待機していたとき、どういうことか、作業手順が異なり、クレーンが鉄クズを入れる空の容器をつつて、反対に加害車の方へ移動して来たので、被告小川が作業基準に従い(同基準では、クレーンの牽引物の下に人がいてはならないことになつている)急ぎ移動するべく車両を後退させた際、加害車等が事故現場に停車中は、車両前後、路面などでの清掃作業は禁止されていたにもかかわらず、原告がこの内規を無視し、加害車後部において路上の清掃作業をしていたため、そのような者がいないと軽信してバツクした加害車にひかれたものである。

従つて、原告にも危険な状況下で作業をしてはならないのに、それに反して掃除をした過失、及び、仮に危険を犯して掃除をするのであれば、その危険に対処しうるよう、クレーンの動き、運転者の動き、台車と自己との位置、距離関係など、事故を未然に防避しうるよう注意をするべきであつたにもかかわらず、全く注意を怠つた過失があり、本件事故発生に関する当事者の責任分担は、被告ら六に対し原告四とみるべきである。

なお、後述の被告会社の原告に対する安全配慮義務の存在は、被告らにおいてもこれを認めるものであるが、本件における原告の過失のように、原告に極めて重要な義務違反がある場合、過失相殺をしなければかえつて公平を失する結果になるものというべきである。

2  損害の填補

原告は、本件受傷に基因し、左記金員(合計金八三四万八二〇二円)を取得している。

よつて、右金員は本件事故による原告の損害から控除されるべきものである。

(一) 休業補償給付 金一三二万五六四六円

(二) 休業特別支給金 金四四万〇九一四円

(三) 傷病補償年金 金三二七万二四九〇円

(四) 傷病特別年金 金五五万三二五一円

(五) 特別支給金の差額支給金 金七万四五一八円

(六) 障害特別支給金 金一五九万円

(七) 障害補償年金 金九三万三五八三円

(八) 障害特別年金 金一五万七八〇〇円

以上合計 金八三四万八二〇二円

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(過失相殺)について

(一) 抗弁1の事実は、原告が請求原因事実(第二の一の1の(五))で述べるのと一致する範囲でこれを認め、その余は否認する。

(二) 本件事故発生にいたる事実関係は次のとおりであり、本件事故は、被告小川の運転上の一方的過失により発生した。

(1) 被告小川が加害車(牽引車)で台車を引いて来たとき、荷上場には先行の台車が前方に二台停車していたので、加害車は手前の待機場所で停車し、前方の台車が発進して空くまで待機することになつた。待機場所の頭上にはデツキがあつて、クレーンに対して安全であり、従つて、ここでは容器から台車上にあふれたスクラツプ等を掃除することになつていて、原告は、台車が待機場所の定位置に停止しているのを確認の上、右掃除にとりかかつた。

(2) ところが同被告は、加害車が定位置で停車していてクレーンに当るおそれはなく、またクレーンの接近の事実もなかつたから、加害車を後退させるべき何らの理由もなかつたにもかかわらず、突然、車両後方に何の注意も払わず一切の予告なくして加害車を後退させ、台車の後輪で原告をれき過した。

(三) 本件事故は、被告会社の現場の責任者である訴外大本恒二や荷上場の作業関係者の過失及び施設の不備等が、最初の、かつ基本的な原因となつて、発生した。

(1) 訴外大本は、荷上場付近の作業の責任者で、全体を統括して指示する地位にあり、被告会社の作業基準によつて、牽引車の運転、クレーンの運転等の作業を指示するように定められていた。

従つて、仮に被告小川がクレーンの急な接近を避けるために加害車を後退させたのであれば、クレーン運転者は、訴外大本の指示に従わず、独断的なクレーンの運転をして、本件事故発生の最も基本的な原因を作つたことになるし、訴外大本の現場管理責任は全く尽くされていないことになる。また、そもそも被告小川が、定位置に停車しなかつた過失もあることになる。

(2) 被告会社では、作業基準が作成されてなく、安全教育、日常の指導監督、施設の改善も不十分であつた。

(四) 被告会社は、原告に対し安全配慮(保証)義務を負つている。しかるに、同被告は安全配慮に関し以上に述べた様な多方面にわたる具体的な過失を犯しており、これが本件事故発生原因の最初の、また、基本的な原因となつている。従つて、仮に原告に何らかの過失があるとしても、本件では過失相殺はなされるべきでない。

2  抗弁2(損害の填補)について

被告ら主張の各金員は、全て労災保険給付であるから、本件の損害賠償に充当さるべきではない。

仮に右主張が認められないとしても、右各給付中、抗弁2の(二)、(四)ないし(六)、(八)記載の各給付は、被災した労働者の財産的損害の填補とは関係のない特別目的の給付であるから、本件の損害賠償に充当されてはならない。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  事故の発生、責任原因

請求原因1のうち(一)ないし(五)の事実、及び同2の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の一、第四号証、第一五号証の二によれば、原告は本件事故によつて請求原因1の(六)記載の各傷害を負つたことが認められる。従つて、被告会社は自賠法三条、または民法七一五条により、被告小川は民法七〇九条により、各自原告の負傷による損害を賠償すべき義務がある。

二  損害

1  入院中諸雑費

成立に争いのない乙第三号証によると、原告は本件傷害によつて、(一)昭和五一年一〇月九日から同五二年六月三〇日まで、(二)同年九月二〇日から同五三年二月二八日まで、(三)同年七月一二日から同年一〇月二一日まで、三回にわたつて合計五二九日間、水島中央病院において入院治療を受けたことが認められ、右事実によれば、少くとも一日当り金六〇〇円を下らない雑費を要したものと推認できる。従つて、諸雑費は合計金三一万七四〇〇円となる。

2  入院付添費

証人松野節子の証言(第二回)により真正に成立したと認める甲第七、八号証及び同証言(第一回)によれば、三回にわたる入院期間中殆んど、原告の妻の訴外松野節子、原告の長女の訴外日柳幸枝、原告の義妹の訴外楢崎ミサ子の三名が交替で一日中(前項(一)の入院期間中)ないし昼間(同項(二)、(三)の入院期間中)付添つていたことが認められ、同証言及び原告本人尋問の結果並びに前記甲第四号証によつて認められる原告の右入院期間中の症状、手術内容、経過等に照らすと、少くとも全入院期間の二分の一に相当する間(二六五日)、付添の必要があり、その費用は一日当り金三〇〇〇円とみるのが相当である。乙第三号証中右認定に反する記載部分は、前記各証拠に比してにわかに採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて、入院付添費は合計金七九万五〇〇〇円となる。

3  付添人の交通費

成立に争いのない甲第一〇号証及び弁論の全趣旨によると、右付添つた三名中一番病院に近い訴外松野節子の場合、自宅から病院までの往復のバス代は金九〇円(その後値上り)であることが認められる。従つて、前項で付添の必要性ありと認めた二六五日間の付添人の交通費は、少くとも合計金四万七七〇〇円を下らないこととなる。

4  逸失利益

(一)  事故の翌日である昭和五一年一〇月一〇日から症状固定時である同五六年五月八日までの分(休業損害)

(1) 大永産業株式会社に対する調査嘱託の結果及び原告本人尋問の結果によると、原告は、大正七年四月一三日生の男子で、本件事故当時(五八歳)、大永産業株式会社に勤務して、玉掛作業を中心とする職務につき、同人の事故前の年収(昭和五〇年一〇月から同五一年九月まで)は金一七四万〇二二一円であつたことが認められる。

原告は、原告の年収について、毎年一割の賃金上昇を主張し、成立に争いのない甲第一二、一三号証によれば、勤労者の賃金及び名目賃金指数とも昭和五二年まで毎年一割以上増加していることが認められる。しかし、右はいずれも平均年齢による調査結果であつて、中高年齢者の賃上げ率が平均年齢のそれよりも低いことは公知の事実であるところ、原告のような高齢者の賃金上昇率を示す証拠は何もなく、また、右甲第一二、一三号証によつても昭和五三年以降の賃金増加率は年一割に達しておらず、成立に争いのない乙第六号証によれば、近年、中高年齢者層に対する企業の定期昇給額引下げ、或いは停止の措置が増加していることが認められる。以上諸事実によれば、原告の昭和五一年以降の逸失利益を算出するにあたり、原告主張の賃上げ率を乗じて求めることは相当でなく、前記年収金一七四万〇二二一円によるのが相当である。

(2) 原告の後遺障害の症状固定日は、後述のように、昭和五六年五月八日であるところ、原告本人尋問の結果及び前記証人松野の証言(第一回)によると、本件事故発生時から右症状固定日まで四年と二二一日間、原告は全く就労できなかつたことが認められる。

(3) 従つて、右期間中の逸失利益をホフマン方式により中間利息を控除して算出すると、金七〇四万五六〇三円となる(円未満切捨)。

算式(1,740,221円×3.5643)+{1,740,221円×221/365×(4.3643-3.5643)}=7,045,603円(円未満切捨)

(二)  症状固定日後の分(後遺障害による逸失利益)

(1) 原告が、左足関節部用廃の障害と、左膝下から足関節部にかけての頑固な神経症状が残存するとして、併合して後遺症等級七級相当と認定されたこと(請求原因1の(七))は、当事者間に争いがなく、前記甲第四号証、成立に争いのない甲第一五号証の二、原告本人尋問の結果及び前記証人松野節子の証言(第一回)によれば、原告主張の昭和五六年五月八日に症状が固定したものと認められる。前記乙第三号証には、原告は昭和五三年末ころ装具を装着しての軽作業就業の予定であつた旨記載があるが、軽作業就業が予定されたとの一事をもつて症状が固定したとみるのは、未だ時期尚早の感を免れず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2) 前記各証拠に、証人松野茂広の証言により原告の足及び補足具を撮影した写真であると認められる甲第五号証の一ないし八、同証言により真正に成立したと認める甲第一一号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告には、前記後遺障害が残り、左下肢が一センチメートル弱短縮し、現在も左下腿部等に常時激しい疼痛があつて、義足をつけても短期間、ごく近距離の歩行しかできず、週に何度か三八、九度に発熱することが認められ、これらの原告の症状に、玉掛工が肉体的に相当の激務を伴う職種であることを考慮すると、原告は後遺障害によつてその労働能力を七〇パーセント喪失するに至つたものと解するのが相当である。

(3) 前記証人松野節子の証言(第一回)によると、大永産業株式会社には停年制のないことが認められるが、他方、同証言、前記甲第四号証及び原告本人尋問の結果によると、玉掛工は聴力が低下するとその資格が取り消されるところ、原告は最近聴力がかなり低下していること、原告は心筋梗塞後の心不全で現在も入院中であること、原告は症状固定時六三歳であつたことが認められる。そこで、前記症状に、右の諸事情、平均余命等を考慮すると、推定稼働年数は五年とみるのが相当である。

(4) 従つて、右五年間の逸失利益をホフマン方式により中間利息を控除して算出すると、金五三一万六三九二円となる。

算式 1,740,221円×70/100×4.3643=5,316,392円(円未満切捨)

5  慰藉料

本件事故の態様、傷害の部位、程度、治療経過、後遺障害の内容、程度、年齢、その他諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料額は金七〇〇万円とするのが相当である。

三  過失相殺

1  被告会社が原告に対し安全配慮義務を負つていることは、被告らにおいても認めるところである。そして、当裁判所は、被告会社が原告に対し安全配慮義務を負う場合であつても、原告に本件事故発生について過失があり、かつ、それが重要な義務違反である場合には、公平の見地から過失相殺の主張を許すのが相当であると考える。従つて、以下、右の観点から、原告の過失の有無、程度について検討する。

2  本件事故の態様が請求原因一の1の(五)記載のとおりであることは、既に認定したとおりであるが、右事実に、証人足立五十二の証言により真正に成立したと認める乙第一、二、四、五号証、証人鬼村友次、同小賀次郎、同大本恒二、同赤澤正三、同足立五十二の各証言、原告(後記信用しない部分を除く)及び被告小川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被告小川は、加害車を運転して荷上場に到着し、エンジンをかけたまま、荷上場後方の待機場所で停止したところ、突然、訴外赤澤正三の運転するクレーン(以下、本件クレーンという。)が空の容器を吊つて巻き下げながら加害車の方に接近してきたので、クレーンが頭上にくるように思つて身の危険を感じ、夢中で後方の安全を確認することなく加害軍を後退させた。なお、加害車の方向指示計は本件事故の三日前位から故障していたが、何の処置もとられていなかつた。

(二)  牽引車は、荷上場に到着した際、前方の作業位置が先行台車で占められている場合は勿論のこと、作業位置が空いている場合でも安全確認のため、後方の待機場所で停止することになつていた。待機場所は張り出しデツキの下にあり、デツキがクレーンやクレーンの落下物から一階の作業員や車を防護する役目を果たしていたが、デツキの庇の真下ではクレーンの吊り荷が横揺れして危険なこともあるので、被告会社では、庇の真下より約一メートル後方に牽引車を停止させるよう指導していた。しかし、本件事故当時、停止線の表示は不十分であつた。

(三)  荷上場一階を担当するクレーン作業の大要は、牽引車が鉄クズの入つた金属製容器を積載した台車を牽引して荷上場に入り、前述のデツキ下に停止した後、作業位置に進入して停止し、台車を切離すと、クレーンで台車から右容器を引上げて二階に運び上げ、二階にある空の容器をクレーンで作業位置に待機している空の台車に運びおろすことで、荷上場でのクレーン、牽引車の運行及び玉掛作業は、全て計量玉掛者の合図に従つて行うよう被告会社の作業基準で定められていた。そして、計量玉掛者はトラクターの動向に十分注意し、場合によつては玉掛補助者に退避の指示をしたり、運転者に停止の合図をすることとされていたが、被告会社では作業基準の教育が十分になされておらず、本件事故当時荷上場一階を担当していた玉掛作業者は、計量玉掛者訴外大本恒二、玉掛補助者原告の二名であつたが、訴外大本は、本件クレーンが接近してきた際、計量作業に従事していて、クレーンの動きには全く気づいていなかつた。なお、クレーン運行の際、クレーン運転者はサイレンを鳴らすよう定められていたが、励行されておらず、本件でも、訴外赤澤はサイレンを鳴らさず本件クレーンを運行していた。

(四)  被告会社では、荷上場で玉掛作業員の行う清掃作業の時期について、牽引車と台車が連結されているときは、牽引車のエンジンが切れている場合を除き、台車付近で作業してはいけない旨定められていたが、指導が不十分で、作業員の中には右定めのあることを知らない者も多く、現場では、作業員一人一人がそれぞれ時期を判断して清掃作業を行つていた。しかし、現場においても、危険を伴う作業をしてはいけないとの指導は常に厳重になされており、牽引車のエンジンがかかつているときは、台車の動く危険性があるとして、作業員達は本工、下請を問わず、また、前述の張り出しデツキの下であると否とを問わず、台車付近の掃除を行わないようにしており、実際、エンジンのかかつている台車付近で掃除がされた例はまずなかつた。ところが原告は昭和四五年に玉掛工の免許を取得し、同四八年以来被告会社の荷上場で玉掛作業に従事していたものであるが、右デツキの下では掃除が許されるものと考え、スコツプで台車上にあふれ出た鉄クズを掃除していて、加害車にれき過された。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、加害車の停止位置について、被告小川の供述は、供述日毎に多少食違いを生じているが、同供述及び右(二)に認定したところ(同被告はクレーンが頭上に来るように思い、危険を感じて加害車を後退させた)によれば、デツキより若干はみ出していたか、或いは庇の真下か、いずれにしても必ずしも安全とはいえない位置に加害車は停止したことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定に反する証拠はない。

3  以上の事実によれば、被告小川の後退時後方不確認が本件事故発生の主因であることは疑うべくもないが、原告もまた、加害車のエンジンがかかつているにもかかわらず、張り出しデツキの下では掃除が許されると安易に考え、加害車に連結された台車後方で掃除をした点、加害車の停止位置からして加害車の後退が当然予測される状況下にあつたにもかかわらず、それを見誤つた点、更にはあえて右台車後方で作業をするのであれば、原告も玉掛工である以上、クレーンの動向に注意し、事故を未然に防止するよう努めねばならなかつたのに、全くクレーンの動向に気づかなかつた点において、本件事故の発生につき重大な過失があつたものというべきである。確かに、前項で認定したところによれば、被告小川の右過失の他、訴外赤澤や訴外大本等被告会社従業員にも、本件事故の発生に関連して落度が認められ、また被告会社の安全管理そのものが不徹底であつたことは明らかであるが、このように安全管理が不徹底な中にあつても、危険防止のため、エンジンのかかつている牽引車の付近で作業しないことは厳重に実行されていたのであつて、この最低限度の注意義務に違反した原告の過失は重大であり、これを損害賠償額算定にあたつて斟酌しないのは、公平を欠くものといわなければならない。

しかして、原告の右過失割合は、被告小川の過失、被告会社の管理の実態等諸般の事情を考慮すると、二割とするのが適当であると判断する。

従つて、被告らにおいて負担すべき損害合計額は、金一六四一万七六七六円となる。

四  損害の填補

成立に争いのない乙第七号証によれば、原告が被告ら主張の金員を取得したことが認められる。

そこで、右各金員を控除することの可否について検討するに、労災保険からの給付であつても、それが損害補償と関連を有するものであれば前記損害金から控除するのを相当と解するが、関連性を持たない異質のものであれば控除する理由はないものというべきである。従つて、被告ら主張の各給付金のうち、(一)、(三)、(七)の合計金五五三万一七一九円は前項記載の損害額から控除されるべきこととなるが、その余は労働者災害補償法二三条に基づく給付で生活補償的意味をもつものであるからこれを控除する理由はない。

五  弁護士費用

本件訴訟の経緯及び認容額に照らすと、金一〇〇万円が相当である。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、一一八八万五九五七円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年一〇月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 生熊正子)

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